Executive Vice President & Photographer

Tatsuhiko Shimada

写真の世界へ

普通の勉強はしたくない。その理由で高校からデザインを学び始め、大学でもグラフィックデザインを専攻。在学中に写真への関心が高まり、同じ大学の写真学科へ転科し、撮影技術の基本を身につけた。卒業後、当時日本最大のデザイン会社に入社し、コマーシャル写真を担当。トヨタ自動車やワコールなど名だたる企業の広告写真を手掛けた。

企業が求めるのは“売るための写真”。目の前にその状況を再現し、クライアントの希望に沿う一瞬を切り取るのは容易ではなかったが、6年間かけて「ビジュアルでインパクトを与えることの重要性」を叩き込まれた。

 もっと幅広い写真を撮りたいと27歳で退職し独立。イラストレーターとデザイナーを引き連れ、視覚に訴えるためのビジュアルのプロ集団を立ち上げた。

 

オールラウンダーであるために

 クリエイターと一口に言っても、イラストレーターやデザイナー、コピーライターなど様々。写真家の中にも、アート写真家、コマーシャルフォトグラファーなど細かな分類をする人間もいる。

 そんなクリエイターとしての側面を細分化する意味を感じられず、よりオールマイティに写真、広告戦略、デザインなど全てを可能にする変幻自在な集団を作り上げることを目指した。

 オールラウンダーとしてデザインだけでなく、通常であれば広告代理店が担当するようなマーケティングでさえも自分たちでやってきた。この事務所での25年間こそ、クリエイションの最前線で戦ってきたと言える時間だろう。

 

地方をクリエイティブに

60代を迎え、これまでを振り返り思ったのが「自分の経験を伝えたい」。東京を離れ、地元福山市にほど近い美星町で「ir.bisei creative factory」を主宰。若手クリエイターたちとともにデザインだけでなく、舞台美術、イベント運営、経営などを事業内容としてまちおこしにも関わった。

そうする中で見えてきた地方が抱えるクリエイションの問題。インターネットの普及で膨大な情報が手に入るようになった現代で、本物のクリエイティブなモノが地方には圧倒的に足りていない。ましてやネットで見たデザインをマネするような状況がはびこっている。

「都会にはクリエイターはたくさんいるけれど、地方には少ないから」。なら、地方でそれができる環境を自らの手で生み出せばいい。本物のクリエイター集団があれば、10年先を見据えたクリエイティブな変革を地方企業にもたらすことができる。SABOTで取り組もうとしている「Creative Work」はここに起因している。

前線で常にクリエイティブであり続けようとしたこの40年の間には、様々な経済的不況や自然災害でデザイン業界自体が致命的な打撃を受けたこともある。しかしその中で得た経験や知恵は、これまでの枠を超えるという「クリエイティブ」の最後の要となっている。

自分のこれまでのノウハウ、経験、縁。それらをSABOTに注ぎ、地方に本当のクリエイションをもたらすことがこれからの使命だ。