Motoki Inoue
肩書に翻弄される
大学を卒業し、晴れて薬剤師になった2007年。“女性の職場”というイメージから薬局へは就職せず、医薬品の卸会社へ。自分のやりたいことが見えていなかった分、社内で職種の選択肢が多い方がよかった。
中国5県に展開するその会社は、方々に支社があり、かくいう自分も転勤で各地を転々とした。各支社には必ず「管理薬剤師」の常駐が必須で、その役割を任された。とはいえ、管理薬剤師はそこにいることが仕事で、ただ社内で注文の電話を受けるだけ。仕事がないといっても過言ではない。
それでも「薬剤師」の肩書は偉大で、どこの支社に行こうとも自分よりずいぶん年上の社員から「先生」と呼ばれた。その言葉は首筋がぞわぞわして、慣れることは一度もなかった。
勤めて4年、薬学部の友人たちが薬剤師として最前線で働く様子を聞き、心に焦りが生まれた。
「自分は大した仕事もしないままでいいのか?」
ちょうどその時、会社の得意先の薬局が薬剤師を探しており、出向という形で薬局へ。卸として培った知識で重宝され、傍から見ればまさに順風満帆だった。
訪れた転換期
この薬局に勤め始めてから、オーナーの廣畑が当時やっていたバーに通うように。プライベートでも親交を深めていくうちに、その芯の強さ、仕事への姿勢に「こんな人と一緒に仕事ができたら」と惚れ込んだ。
2015年、廣畑が府中市でカフェをオープンさせる話を聞く。「自分の転換期はここだ。これを逃したら絶対に後悔する」と薬剤師の仕事を減らして、VulcaCafeで働きたいと申し出た。
今まで本当の上司と呼べる人はいなかった。「先生」とちやほやされ、薬局でも薬について聞かれる立場。何かを親身になって教えてくれる人は、廣畑が初めてだった。「この人がどんな事業をやろうとしても、絶対について行こう」。
ついに農家に
VulcaCafeで働き始めてしばらくして、廣畑が個人でユーカリ農園を始めた。意外と知られていないがユーカリの国内需要は高く、昨今観賞用としても人気が出始めている。この農園を一手に任されてから、週2日は畑に繰り出し、週3日は薬局、残る2日はVulcaCafeで働くという、まさに三足の草鞋生活をこなす。
どれもバラバラのように見えるけれど、この3つの仕事を通してようやく自分と向き合えているような気がしている。ちやほやされて人間的に幼いまま過ごした20代。30代になって、本気で叱ってくれる人に出会い、日々自分の足りていない部分に気付かされている。
「何がやりたいか分からない」は継続中だが、このSABOTで次に何が起こるか楽しみで仕方ない。どんなことが始まっても、その全てで役に立てる人間になれるよう、毎日真摯に自分と向き合い続けていこうと思う。